富田さんの話
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:ten | 投稿日:2013年8月24日 |

 私が、富田さんと初めてお会いしたのは、今から十年以上前の青空文庫のオフ会だった。「オフ会」というもの珍しさに惹かれ、新橋までやってきた田舎者の私は、道に迷いミーティングに遅刻した。遅刻者の常で、ドアを開けると一斉に二十数人の視線を浴びた。私は、どぎまぎして空いた席を見渡したが、どこに座ったらいいのかと迷う必要はなかった。席は一つしか残っていなかったのだから。残り物に福があるはずである。確かに、福だった? 富田さんの隣だったのだから。

 そのときの印象を2006年7月7日の「読書blog-すいへいせん」に懐かしく書いている。

初めての人たち、それも大勢が集う場所で、私はじっと下を向いていた。どうしたらいいのかわからなかったからだ。となりの富田さんのすらりと伸びた指が目の隅に入る。私は捉えたものを逃すまいとして、ほんの少し彼を見た。一重瞼の私には羨ましいようなきれいな二重瞼で、話し手を見つめ、耳を傾けている。耳を傾けながら、時折彼は、手をズボンのポケットに入れ、服用薬をいじっていた。(それが薬だとわかったのは、ずいぶん時間がたってから・・後の宴席だった。)彼は、何かに触れることによって、自分の心を安定させているように私には見えた。まっすぐな人なのだという印象とともに、彼の中に壊れそうなものがあるような気がした。強健な精神の持ち主にみえて、決してそんなタフな人ではないのだろうと。

 そのころ、青空文庫の活動に携わって年月は経っていたが、実際メンバーに会うのは初めてだから、緊張はおいそれと解けるものではない。ミーティングの会場から宴席の銀座まで歩いていこうということになっても、誰と話して歩いていいのやら分からなかった。私の思惑とは関係なく、文学の話、パソコンの話、所帯じみた家の話などが飛び交い、すれ違う人たちは私たち集団を振り返った。集団は、信号によって分断されてしまう。取り残され組の私は、信号の赤をボーっと見つめていると、これまた横でボーっとしていた富田さんが
「tenさん、Aさんはね。昔、不良少女だったんですよ」と言った。
「はあ・・・」とどう答えていいか分からない私は、赤信号の向こうをいくAさんの後ろ姿を見つめた。「ヤンキー」ではなく「不良少女」この言葉の持つ後ろめたさと懐かしさに私は、富田さんの顔を穴のあくほど見つめた。それに満足したのか、少しにこりとして
「これ内緒ですよ。Aさんにいっちゃだめよ」と富田さんはいたずらっ子のような目をした。 大変な事を聞いてしまった。しかし、そもそも掲示板やメールのやり取りだけの初対面の私にそんな話をするわけがない。掲示板で冗談を連発していた私が、一本取られたと気づいたのは、信号を渡ってからだった。
 その後、富田さんからオフ会のメールをもらうたびに、参加したい気持ちはあったが、家の事情で断らざるを得なかった。その由の返事をすると、「残念です」と返ってきた。
 後年。ある秋の午後、手土産に迷ったときは、花が一番と思い込んでいる私は、自分が好きなピンクのバラの花束を携えて、agさんとロクスさんとお宅へ伺った。書斎に通され、まず花束を差し出すと、富田さんの顔が、ぱっと明るくなって、「ありがとう」と言った。ブルーのワイシャツに灰色のズボンだったと思う。書籍を背にし、マックを操る。床に立てかけられたギターが音楽になじんでいたことを教えてくれた。その中で著作権のことを話す彼は、立派な青年である。私をからかった少年は、どこへ。不思議な人だ。
 私は、そういったことも踏まえて
「青空文庫の人って変わった人多いですよね」というと、富田さんは、目を大きく開いてから言った。
「え? tenさんが一番変わっていますよ」
 どうやら私は地雷を踏んでしまったらしい。
「いえ、富田さんですよ。富田さんには負けますよ」と返すと、
「いやあ・・tenさんですよ」と彼は机をたたいて大笑いした。
私は、今でも富田さんだと思っている。
 四人の話は、映画や文学と盛り上がり、気づいたら、ギターの陰が細く長くなっていた。秋の夕暮れはつるべ落としという。ならばと私たちは、暇を告げた。富田さんは、少し寂しそうな顔をしてから、「そこまで一緒に出よう」と言った。外は、風が冷たかったので心配すると「大丈夫」だと答える。それから私たち四人は、どれくらい歩いただろう。富田さんは、しゃべり続けた。坂の近くまでくると「じゃあ、ここで」と手を上げ、遠方から来た私に、「tenさん、今日はありがとう。楽しかったです。また来てください」と笑顔を見せた。
「はい。またピンクのバラを持ってね」と私は答え、agさんとロクスさんの後を歩いた。少し行ってから振り返ると、夕日を背にした富田さんが手を振った。私も振り返した。
 富田さんに会ったのはその二回きり。
 ところで、以前友人が私に言ったことがある。「ピュアな人の周りって人が集まるよね」そう、だから富田さんの周りには人が集まる。とても幸せな人だ。先月jukiさんが、会いに行ったとき、「tenさんが、富田さんは幸せな人だと言っていましたよ」と言ったら笑みを浮かべていたとか。
 富田さんがいなくなった今、ふと最初の印象が合っていたのかどうか不安になる。私が間違っていたのだろう。なぜなら、家族の方々や仲間がいたとはいえ、彼自身として。
 段々衰弱していく自分を見つめることはどれほどの強靭な精神があればできるのだろうか。
 思考の切断の恐怖にどれほどの堅牢な意思があれば立ち向かえるのだろうか。

 富田さん、よくがんばられましたね。

 またagさんとロクスさんを誘って会いにいきますね。
 ピンクのバラの花束を携えて。


3 Comments »

  1. 大切な思い出を教えていただきありがとうございました。

    七月のあの日、富田さんが浮かべた微笑はtenさんへの最後の贈り物だったと今は思います。

    Comment by Juki — 2013年8月25日 @ 8:01 AM
  2. はじめまして~

    我が家にピンクのバラを持って来て下さったことを初めて知りました。
    夫は花のことをどうして私に教えてくれなかったのだろうと思ってしまいました。

    7月初めにミニオフ会をやったとき、jukiさんが「富田さんはとても恵まれている人だと言ってましたよ」
    と夫に伝えた方ですか。

    ちなみに、ずっと昔の薬の話ですが、彼はいつも外出すると服用するタイミングを気にしていました。
    だから気にしていたのだと思います。

    また家に会いに来て下さい。白いバラがいいです♪

    Comment by Akiko Tomita — 2013年9月29日 @ 2:29 AM
  3. こんにちは、

    >7月の初めにミニオフ会・・・・

    はい、私です。その前の週にjukiさんとお会いしてつらつらとお話していました。

    よきご伴侶がいらして、打ち込めるものがあり、それに集う仲間がいる。ですから富田さんはとても幸せな方だと思うのです。それを私たちは、分けてもらいました。
    そして奥様もお幸せな方です。その富田さんをお見送りされたのですから。

    Comment by ten — 2013年9月29日 @ 9:13 AM

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