今年の話
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:ten | 投稿日:2014年12月31日 |

 好きな詩人山之口獏で今年の幕をあけた青空文庫。獏さんの「詩とはなにか」を読み懐かしさでお腹が一杯になりながらも、当然別腹と、おせち料理を口にした私である。一年の計も何もないずぼらな私には、思いもよらない一年となった。その思いもよらない一年を漢字一文字のたとえると「会」

 今年は、二つの大きな再会があった。一つは、夏の青空文庫のオフ会で、十年ぶりに再会した方がいる。彼とは、昔から話がかみ合うことはなかったのだが、かみ合わないことが絆の証なのだと再確認した。その話はまたそのうちということにして、今年の締めくくりに秋の再会の話をしたい。

  彼女の名前は、加寿子さん。高校の同級生。だから同い歳。(で、何歳?という話になるのだが・・人生経験豊かな年齢の入り口にいると思っていただくことにしよう)
 十一月の初め彼女は、約束の時間である十時きっかりに我が家を訪れた。相変わらずおしゃれである。ハニーブラウン色の髮をポニーテールに結び、メイクは、ばっちり。ピンクのセーター、グレーのミニスカート。気合十分とただ感心する。私はというと、パジャマにカーディガン、間の悪いことに、顔を洗ったばかりで、タオルを片手にドアをあけた。
「えつ?!今、顔をあらっていた?あんたねえ・・」と十数年ぶりの彼女の第一声であった。

 そもそも加寿子さんとは、高校卒業後、一緒に上京して、学生生活を謳歌した。卒業後私は東京に残り、彼女は地元へ帰り就職し結婚した。数年後私も地元へ戻ってきた。ということで、友達の中でも結婚が少しずれてしまった私が、案内をだすと、振袖を着てくるという。既婚者は普通、訪問着か、つけ下げであろう。しかし彼女が言うには、「あんたの結婚式、お腹が大きい人とか、遠方から来る人で洋服ばかりだと場が寂しいから、私が振袖で行くわ!」と。お蔭で友人席は華やいだ。
 仕事を持ち、主婦もこなし、それでも飽き足りない彼女は、夏は水泳、冬はスキーとその合間に社交ダンスとアクティブだ。私はというと、主婦業に専念し、じっと本を読んでいたい。そんな二人が、一緒に何かをするわけでもなく、どこかへいくというわけでもなかった。我が家でぐだぐだと(主に昔話、次に亭主の話、それらの合間に世間話)話をして、大笑いをするという学生生活の延長を楽しんだ。
 飽きもせず凝りもせずそれが延々、月一で十年以上も続いた平成十一年の秋、七十代半ばの母が脳卒中で倒れ、左半身不随となった。私の介護生活がスタートしたのだ。介護生活をして、三年目だったか、遠慮していた加寿子さんが久しぶりにうちに来た。いつものように、母に挨拶をして、それからダイニングで話しこんでいると、奥から母が私を呼ぶ。そのたびに話を中断して立つ。という、落ち着きのなさは、なんら障害になることなく、私たちの間には相変わらずの笑い。そのうち、なんの話の途中だったか忘れたが、話の腰を折るようにして、彼女は、ぽつりと言った。
「私、介護をしたことないから、あんたがどんなに大変なのか全くわからないの。人は『大変だね』とか『がんばってね』ってよく言うよね。でもそれってやったことのない者、何もわかっていない者が言っちゃいけないと思うの」
 なんと正直な言葉だろう。そしてなんと優しい人だろう。一人っ子の私は、一人で母のことをしなければならなかった。思うように動かない母の肉体と高尚な母の精神がまさに崩れようとするのを、私は、必死に食い止めようとしていた。その重圧に押しつぶされそうになっていた私は、彼女の言葉に涙がでそうだった。私の中の何かがすうっと落ちていくような気がした。
 彼女が帰ったあと、私は、なんども彼女の言葉をくり返した。すると私の中から湧き上がってくるものがあった。
 私にしかわからないことは、私がしなければならなかった。私がどんなに努力しても、母の機能がもどるわけではないが、リハビリに励み、いかに現状を維持させるか。そして、絶望の淵にいる母の、残りの人生を豊かに過ごさせるためには、私になにができ、なにができないか。できることをするためにはどうしたらいいのか。それに全力を注ぐことと、私は、逃れることができないのだと悟り、介護という難儀に対して腹を括った。
 その後、母の生存中、彼女は一度も訪れなかった。しかし年賀状は毎年届いた。もちろん「がんばって」と書いてあったことは一度もなかった。唯一、彼女の名前を見なかったのは、母が亡くなった平成二十三年の欠礼はがきを出した翌年の元旦だけだ。
 今年の年賀状に「電話をして」と携帯電話の番号が書いてあった。数年前にも書いてあったと夏になってふと思い出し、間の抜けた話だと、恐る恐る電話してみた。彼女のはずむ声に私の危惧がふっとんだ。私はうれしくなって、今度会おうと何度も言った。彼女も快諾した。それからなんどかメールをやりとりして、どこで会おうというのでもなくやはり、うちに来るという。

 といういきさつで、若々しいはつらつとした彼女とパジャマ姿で、顔に石鹸の滓をつけたままの私は、十数年ぶりに我が家でぐだぐだと話をした。昔話に加え、亡くなった私の母とのこと、巣立っていったお互いの子供たちのこと、定年になった亭主のこと、彼女が夢中になっている登山のこと、それらは私たちの間では、すべて笑いの種になり、さんざん腹の皮が捩れるくらい笑った。一緒に昼食をとり、彼女は帰って行った。「またね」といつもの言葉を言うので、「またね」とこれまたいつものよう答えた。
 彼女の車のテールランプを見送りながら、口にしてみた。「友だち」私は、そのことばを飲み込むと、十一月の雪国の空を見上げた。青い。久しぶりである。そして私は、思った。最近、目に見えるものだけを掴み取ろうとしていないか。それに執着していると目に見えないものが、指の間からこぼれていくのではないのか。そこに真実があるのだから。

 末筆になりましたが、今年もaozorablogを読んでいただきありがとうございました。
 いかがでしたか?なんと言ってもTPPによる著作権延長に関しての危機感に終始した年でもありました。来年もそこは変わりがないようです。また毎月のアクセス分析には、感心したり納得したりです。そういった硬い文章の中にちらばるエッセイ、そして翻訳作品。来年もまた、バラエティに富んだブログになるよう、筆者一同努力していく所存であります。来年もよろしくお願いします。
みなさま。よいお年を。


4 Comments »

  1. 長い文章を読んでいくと最後に「筆者一同」とあり、あそうか、この方はブログの主催者なんだとわかりました。
    最近読み始めたため経緯や仕組みがよくわからず、過去のものを開いてみたら、ずいぶん賑やかに色々なことが語られていて、とても興味深いものがありました。特に八巻さんの文章は素敵ですね、また書いてほしいです。
    ところで、昨年はおもにプロレタリア詩人の作品を校正し、その多くをアップしていただきました。その中に治安維持法で囚われ拷問を受け26歳で病死した槙村浩という詩人がいます。年末26日の赤旗に「槙村浩の詩『間島パルチザンの歌』」と題して作家の戸田郁子さんという方が「時空を超え人々の心を動かす詩」だというエッセイを寄せていました。竹内浩三のときもそうだったのですが、こうして偶然、青空文庫の新着との遭遇があるのは工作員の喜びです。

    Comment by 雪森 — 2015年1月2日 @ 10:02 AM
  2. 雪森さん、ごめんなさい。実は・・・私は、ブログの主催者ではありません。主催者は、agさんです。毎年、年末のご挨拶がなかったので、twitterでagさんの了承を得て、代表者面をして書かせてもらいました。

    Comment by ten — 2015年1月2日 @ 7:14 PM
  3. 告白していただくようなことではなく、私にとってtenさんでもagさんでもどちらでもいいこと、要は主催者群という意味です。長い文章を読んでいくとというところと、経緯や仕組みがよくわからずというところに意味があります。

    Comment by 雪森 — 2015年1月2日 @ 11:24 PM
  4. 「みずたまり」にアクセスしようとしたのですが、叶わず、ここにコメントすることをお許し下さい。
    何しろ初心者なもので。
    広島、基町の一ノ瀬と言います。初めまして。
    富田倫生の高校の、一年後輩になります。

    「また、開館当初は、著作権切れの〈青空の本〉と著作者自身が公開を望む著作権存続中の〈青空の本〉の収蔵作業は車の両輪のように考えられていたが、現在では後者の新しい収蔵は諸般の事情でストップしている。」という一文を読み、非常に不満です。
    トミタの「青空文庫」を始めようとした動機の大半は、後者にあったんじゃないのか!!
    八巻さんにしても。

    僕自身、友人の書下ろしの著作を「青空文庫」に掲載できないかと、ふと思いつき、アコちゃん(富田晶子さん)に相談してみた。「青空文庫」ではそんなのやってないと思うわよ。と言われてしまった。そこで初めて「青空文庫」のHPにアクセスしてみたんだ。年明けに「本の未来」を、恥ずかしながら、これも初めて読んでた。そこに描かれていた『夢』と、現実の落差に驚いた。

    トミタの苦労は何だったんだ。

    Comment by 一ノ瀬厚 — 2015年1月7日 @ 11:51 AM

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