先鞭をつけると云うことは偉大なことなので
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カテゴリー:,青空文庫 | 投稿者:米田 | 投稿日:2012年6月21日 |

先鞭をつけるというのは常に創造的なことで、ちょっとした小説じみた文章よりも、ダーウィンの「種の起源」の文章の方がよっぽど創造的で、それは科学であるとかないとか全く関係ない。

しかし「種の起源」が科学であるよりも文学であるとか「種の起源」が科学であると共に文学であるとか言うのでは全くなくて、「種の起源」が科学として根元まで突き抜けたゆえに、別のものになってる。
もっと言うと元々「文学」というものが、「読み書きをすること」、つまり論理としての科学を読むことも含んでいたので、それを前にしたらいわゆる狭い意味での「文学」なんか霞むしかないのですが、そんなことを云うのは後にゆずるとして。
話が大きくなりすぎましたが、実は僕が「荷風全集(新)」を元にして「断腸(膓)亭日乗(記)」のシリーズを手がける前に、永井荷風(荘(莊)吉)の日記(誌(歴))を入力するということに、先鞭をつけた人がいます。
その人は「H.YAM」さん。
この人は僕が荷風の諸作に手をつけはじめた2010年頃よりはるかに前から、底本「葛飾こよみ」より、いくつかの作品と共に、くだんの「荷風戦後日歴 第一」と「第二」を入力しはじめていました。
「くだんの」っていうのは僕にとっての「くだんの」で他の人にとってはサッパリかもしれないのですが、「荷風戦後日歴 第一」および「第二」というのは、長大で知られる日記シリーズ「断腸亭」のうち「昭和廿一年」と「廿二年」の二年間を、「荷風戦後日歴」として中央公論社の「中央公論」に四月ごとに連載、そして著者存命中にこの「葛飾こよみ」という単行本にまとめられた、つまりは抄録です。
抄録といっても、どちらの時点でも著者存命中のものだし、一年間はまるまる入っているので、「抄」の意味合いは薄いと思います。
どころか、このバージョンにおいても、荷風の校訂が入っている可能性が大なのですが、そこまではさすがに僕はそんなに詳しくは荷風のことは研究家でもないから知りませんけれども。
それにしても、自分が生きている間に、自分の日記が雑誌に載るって、どうも僕ら凡人達には考えが及ばないし、一体どういう感覚だったんでしょうね。
これほど余さず自分のしたことを書いてある日記を公表してる人なんて、最近では中原昌也の「作業日誌」くらいしかないんじゃないでしょうか。
ともかくこの「戦後日歴」の二年間は「断腸亭」の一部であり、僕が改めてその「断腸亭」のはじまりから入力する前に、手をつけられていたというわけです。
僕はとりあえず分かりやすいし他にどうにかする理由もないから頭から入力していってるだけのことで、こういう唐突な編纂の仕方も、とてもいいと思っています。
これから「あめりか物語」を入力しようという時に、既に「一月一日」だけ入力されているのなんかも。
僕は青空文庫は一つの宏大な書物であり、それならば注意深く編纂することが必要だと考えているのですが、それものちのちぼちぼち語ることにします。
断腸亭日乗なんか、誰かに手伝ってもらわない限り、十年単位の時間が必要になるのは必至なので、どこにどう飛び込んでもらおうが、オールオッケーカモーンであると考えています。
僕は始めからチミチミと入力していってるから、じゃあ君は後ろからプチプチと入力していくとかいうのもあり。
私はすでに断腸亭なんか読破してるから、その中で一番イイと思ったフレーズがあるから、そっから手当り次第に、っていうのもアリだしー。
今空いてる新「荷風全集」の「断腸亭」のはじまりに近い方から僕と同じように入力していって、互いにマダラにやっていくのもアリ。
適当なまとまりを見つけて、「断腸亭」の入っている二巻目の「荷風全集 第二十二巻」のはじめからやっていくのも……
とにかく、十年単位のネバり強さを持っていると自負できる人の協力を求めます。

次回は校正者として「間違いやすい文字リスト」について語りたいと思います。


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