校正について具体例について言及することについて
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カテゴリー:未分類 | 投稿者:米田 | 投稿日:2012年7月2日 |

校正について具体例について言及することについて僕は躊躇いがあります、というのは、ある具体的な作業員の名の乗っているテキストに、明らかな間違いのある状態があったことを、衆目に晒しても良いものかどうか、ということです。

要するに、「◯◯という作品を校正した時に、□□→☆☆という間違いが見つかりました」ということを明かすことは、入力者にとってはイヤだろうなあ? ってことです。
僕なら嫌です。いや、無条件でイヤなわけではなく、これこれの用途で入力時のテキストを使わせて頂きます、って言われたとしたら、別にいいけど…… って言いますが、無断で使われたら、なんだかなあ…… って嫌な思いをした上で、まあいいか…… ってモニタの前で頬杖をつくだけのことですが。
それで何でこんなことを言うかといいますと、僕は校正について具体例について言及することなしに校正について言及することは難しいか不可能であるように思えるからです。
しないとすると、ぼんやりと単語だけを抜き出して、訂正のパターンを示すか、その単語を使って適当な文章を作り出して、訂正のパターンを示すか、類型化された訂正のパターンを示すか、どれか、となると思います。
いずれにしろ、僕はアクチュアリティが抜けるように思います。
これは他人(ひと)のテキストを(自分が校正したとしても)使う時に起る問題で、僕自身の入力した、他の人の校正したテキストを利用すればいいと思われる節もあるかもしれませんが、それには気分的なもの以外にもいくつかの問題があります。
僕はこれでもわりかし「正確な入力者」で通っていて、これでも、類型化されうるほどの入力ミスは見当るかどうか、ってな感じで、しかも、OCRは入力には使っておらず手入力であるとはいえ、いわゆる「ローマ字かな変換」の入力ではないので、見付かったとしてもいわゆる普通の入力法とは異なる見付かり方をするので、それはいわゆる普通の校正をする際には例としてはどうかな……? ってな感じです。
例えばこんな感じです。
「する混進(すると、)」
「思い計切(思います)」
「して主結(している)」
一体どういう入力をしたらこんな間違いが生まれるのか? 疑問に思う節もあるかと思いますが、それはいずれ解説申し上げるとして、あとこのレベルの間違いはさすがに入力時校正で見付けない筈がないので、結果入力テキストとしてこれを青空文庫サーバーに上げることはないのですが、そうじゃないとしても、こういった類の奇妙な例しか見当らない、ということに(もちろんそうじゃないのもありますが)なりかねないという懸念が、僕を僕のテキストを例として使わせないことに力を藉します。
別に自分のテキストを使ってもいいんですけど。自分の間違いが見付かるのが恥ずかしいから使いたくないとかいうわけじゃないですけど。というか、自分のから使うのがスジであるから、使いたいのは山々なんですが。というか、なんだかんだ言いつつまずは本当に自分のからはじめようとは思っていますけれども。
というわけなので、もしこの記事を眺めてる(読みにくい! ので眺めて)人の中に、僕(米田)が校正した中でそのテキストの入力をしたという人がいたとしたら(稀少!)、その中で「僕(入力者)のテキストの元の入力データを、明らかな間違いとして、使ってもいいヨ!」という人が(さらに稀少!)いたとしたら、それは正直宝であるので、ご一報いただけたら、と思います。ここのコメント欄か何かに。
また、その辺のテキストの倫理について、どうとらえているかも、主に青空文庫の幹部(と僕はどうしても呼びたい)の人をはじめ、いろんな人々に、うかがいたいと思います。


2 Comments »

  1. 公開済みテキストをサンプルとして用いたレポートは、aozorablog掲載の、「校正をやりやすくする為に」以外知りません。

    この記事であれば、執筆、掲載に至る経緯をみてきました。
    ご指摘は、これを念頭においたものとの推測にもとづき、以下、コメントします。

    このテーマで原稿をまとめるにあたって、筆者は実例を示さないと伝わりにくいと考えました。
    ただ、入力ミス、校正ミスをさらすことになるので、まず、自分の作業したものからサンプルを選ぶとされました。
    パートナーとなった方にも、予想していなかった覚悟を求めることになります。
    そこで、率直に相談できる方を選んで、企画の意図を説明し、そうした使い方を許してもらえるだろうかと打診されました。

    パートナーからの「どうぞ」とのお返事があって、執筆、掲載にいたったものです。

    掲載を知らせるメールには、手入力していた時期のもので、誤りが多く、ご迷惑をかけたとあったことも、出過ぎた真似にはなりますが、書き添えさせてもらいます。

    Comment by 富田倫生 — 2012年7月2日 @ 11:33 PM
  2. そういう経緯があったんですね。
    実例がなければ、もどかしい物言いにならざを得ないですね。

    Comment by 米田 — 2012年7月3日 @ 12:38 AM

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